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2018年01月01日

語学

シュタイナー教育の高学年の語学についてメルマガ配信します。
今回は『ラテン語』。

ラテン語では、タキトゥス著書“Germania”をシュタイナー学校の11年生か12年生で読みました。

ゲルマーニアといえば最も古い歴史書として知られています。当然ながら、和訳もありますが、私は学校ではラテン語の授業でラテン語で読みました。ラテン語は非常に乾いた言語なので、そこからまずドイツ語に直訳して、直訳したドイツ語から更に“わかりやすい”ドイツ語に直すことが大事です。これは、英語から日本語へ直す時も、もちろんドイツ語からフランス語へ直す時も、どんな翻訳でも大事なポイントになるので、覚えて置いて下さい。いきなり意訳するのではなくて直接訳してからまずい自分の中でその言葉の意味を理解して、文脈をふまえて自分の言葉にする。これが翻訳の基本です。

学校ではレクラムのものを読みましたが、これの面白い(あるいは面白くない)のは、左はラテン語、右はドイツ語で書かれている。しかしそのドイツ語訳は意訳されているので、まったくあてにならないんですね。ズルして右をチラチラとカンニングしても、結局書いてあるラテン語と当てはまる言葉がないから、すぐバレる。もし見るなら、左側のラテン語を読んで、まず文字通り直訳して、次に自分の言葉にしてみて、最後に右側のドイツ語と自分のドイツ語と合わせてみる。「ああ、ここがちがう、こっちの方がより的確だな」と、いろいろ発見があって、面白いです。結果として、言葉に対してシビアになります。

ラテン語はシュタイナー学校では比較的遅く、9年生から2年間が義務でしたが、12年生になると大学受験のために第二外国語としてラテン語をとるかフランス語をとるかの方法があって、多くの女子と文系の連中はフランス語を選択しました。私がラテン語を選んだのは、ひとつには女子と一緒に勉強したくなかったから、二つ目の理由は、自分には理数系が必要な気がしたから、三つ目には、先生たちにラテン語を勧められたから、です。ラテン語はフランス語のような洒落たもんではありませんし、声に出して読んでもちっとも魅力的ではありません。結果的にラテン語のおかげで、受験後の私はスペインに行ってもイタリアへ行っても(もちろんフランスへ行っても)言葉の面では不自由しなくなった、という大きな利点があります。何しろラテン語はヨーロッパの言語のルーツなのですから。そして何よりラテン語を通じて言葉に対する数学的な精密さ、文法と意味合いに対する論理的思考、そしてストレートな表現方法が、脳に刻みこまれた、この事実は後々にも恐ろしい影響があって、例えば元クラスメートとしゃべっている時でも「ん?この人の熟語は間違ってるなあ、あ、しようがない、ラテン語知らないんだ」と思うこともあれば、気づくと話の噛み合う同士は“ラテン語系”で、ラテン語系というのは所詮理数系が多いわけですから話もつまらないほど論理的で、フランス語系(つまりラテン語で受験しなかったチーム)の方は、話が非常に盛り上がり、時には情緒的になったりするわけです。

まあ、こうしてみると、日本人に一番かけているのがラテン語なのかもしれません。笑

では紀元後98年に書かれたゲルマン族の分析を紹介がてらにザーッと要約しましょう。詳しくはメルマガで:[教育]ルドルフ・シュタイナー 〜『ミュンヘンの小学生』が語るシュタイナー〜

http://www.mag2.com/m/0001654889.html





posted by Foomy at 16:27| 東京 ☀| 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする