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2017年02月13日

心のディストーション

皮肉は楽器の歪みと同様、効き過ぎると実音が解らなくなる。
それが行きすぎると嫌味ばかり言う人になってしまう。
彼らは、実状を語らず、いきなり毒を吐いて、吐かれた毒に共感を求める、という習慣がある。
おそらく実状を描写するのは、自分の劣等感と向き合うことになって、辛いのだろう。
そんな辛さを知るよりも、嫌味でボカす方が気楽なのだろう。
嫌味ばかり言う人は、自分が辛いんだということすら、認めずに、空元気に笑い飛ばすのだから。
残念ながら、この現象は日本の女性に多い気がする。
おそらく、いろんなものに耐えてきたのだろう。
耐え過ぎて、たまったストレスが毒の形で不意に出てしまうのだろう。
私も昔、よく嫌味言う人間だった。小さい頃からドイツ語でも英語でも、まあよく嫌味を言う子だった。
始まったのは小学校4年生。ふと自分は、嫌味以外に『まともな』会話ができるのか?と、
自分でも不安になったことがある。嫌味が多すぎて他人の言葉も信頼しなくなった。
それから30年経って対人不信に陥り、
そんな人ばかりの集まりで、「嫌味とは、自分の方が相手より賢い」と見せかけることだと知った。
そんな毒吐きチャンピョンの私はいろんな本を読んでセミナーやセラピーを受け、どれだけの時間と金を費やしたことか。
結局、唯一効いたのは、アウトロー・カントリーである。
今でも困ったことがあればアウトロー・カントリーを聴くに尽きる。毒を吐く前にアウトローたちの歌に癒されよう。
だから、私は死ぬまでアウトロー・カントリーを聴く。死ぬまで健全でありたい。


■アウトロー・カントリーを学ぶなら「週刊アウトロー」
 http://www.mag2.com/m/0001665793.html

posted by Foomy at 18:32| 東京 ☀| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする